大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(う)851号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人仲重信吉作成の控訴趣意書記載のとおりであり(ただし、控訴趣意第二において証拠能力のない証拠として主張するものは、和歌山県警察本部技術吏員野上靖生作成の鑑定書である旨、弁護人において釈明した。)、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事大井恭二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一、控訴趣意中、事実誤認の主張について

一、原判示第一の事実について

論旨は、事実誤認を主張し、要するに、被告人は、A及びBから金品を喝取する意思がなく、従って、同人らに金銭の要求をしたこともないし、またC子と金品喝取の共謀をしたこともないのであって、Aの承諾を得て同人から原判示普通乗用自動車を借り受けただけであるのに、被告人が、C子と共謀してAらから金銭を喝取しようと企て、同人らを脅迫して金銭の交付を要求したが、同人らが金銭を持ち合わせていなかったため、後日確実に金銭を交付させる手段として、Aから右自動車一台の交付を受けてこれを喝取したと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、《証拠省略》によると、原判決認定の第一の事実は優にこれを肯認することができる。

すなわち、被告人が被害者A(当時二一歳)及びB(当時一九歳)に対し、明示的に金銭交付の要求をした事実のないことは所論のいうとおりであるが、右証拠とくにA及びBの各原審証言、D子、E子及びC子の検察官に対する各供述、被告人の捜査官に対する各供述によれば、被告人は山口組系一会内小山組傘下のG組の幹部組員であって原判示Hビル四階二号室でC子(当時一八歳)と同棲していたが、同所には家出中のD子(当時一五歳)、E子(当時一五歳)らも出入りしていたこと、原判示犯行日の数日前である昭和五九年五月二三日ころ、右Hビル四階二号室において、被告人がD子に対して、「男にホテルに連れ込まれたら、おれに連絡してくれ。おれが男から金を取ってやる。お前らもええ小遣になるし、おれもええしのぎになる。」と話していたところ、同月二七日午前四時ころ和歌山市本町二丁目バス停留所附近を車で通りかかったA、Bらに声をかけられた同女とE子とは、共にAらの車に乗り込み、同人らについて原判示ホテル「ニューボタン」二一〇号室へ行ったが、同所でD子が隙をみて被告人に男から右ホテルに連れ込まれた旨電話連絡をしたこと、これを受けた被告人は、直ちにC子と共に同ホテル二一〇号室へ赴き、A及びBの両名に対し、D子らをホテルに連れ込んだことに因縁をつけ、それぞれ原判決認定のとおりの脅迫文言を申し向けて畏怖させたうえ、「誠意を見せよ」などと言って暗に金銭の交付を要求し、Aらが「今、金の持ち合わせがない」と答えたのに対して「それやったら、車預るしかないな」と申し向け、同人からその畏怖に乗じ一時預りの名目で前記自動車一台の交付を受けたことが認められ、原審公判廷における被告人の供述中所論にそう部分は、その余の前記各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によると、被告人が恐喝の犯意をもってC子と共謀し、原判示のとおり、Aらから普通乗用自動車一台を喝取したことは明らかであり、その他所論にかんがみ、記録を精査しても、原判決に所論指摘の事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

二、原判示第四の事実について

論旨は、要するに事実誤認を主張し、原判示第三の交通事故発生直後、被告人車と衝突した相手方車運転のFが同車から降りて来た姿を見て、被告人は、同人が事故により傷害を受けてはいないと思い、そのまま現場を立ち去ったのであって、被告人には、道路交通法七二条一項前段規定の構成要件に該当する事実の認識がなく、救護義務違反罪の故意がないのにかかわらず、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によると、右交通事故は、被告人車が時速約五〇キロメートルで西から東進し、相手方車が時速約四〇キロメートルで南から北進していた際の、交差点における出合頭の衝突であることが認められ、右両車の速度及び衝突の状況、その他右証拠によって認められる被告人車と相手方車の各破損状態及び両車の事故後の停止位置等によれば、その衝突の衝撃は相当強度であったことが明らかである。そうしてみると、被告人が捜査官に対して述べているように、相手方車の運転者が右衝撃によって何らかの傷害を受けているかも判らないと考えたという供述は、合理的であって信用することができ、これに反し所論に沿う被告人の原審公判廷における供述は、右衝突状況に照らし不合理であって、とうてい信用しがたい。してみると、原判示第四の事実は、所論指摘の点を含め、原判決挙示の関係各証拠によって優にこれを肯認することができ、その他所論にかんがみ記録を調査しても、原判決に所論指摘の事実誤認はない。論旨は理由がない。

第二、控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判示第五の一の事実について、原判決は、昭和五九年六月二七日、被告人及びC子が投宿していた原判示ホテル「ジュネス」の客室において、警察官が保護の名のもとに被告人の身体を拘束したのを違法であるとしながら、被告人の所持していた注射器(注射針一本を含む。以下同じ。)が警察官によって発見されたのは右違法行為前の出来事であってその発見過程に違法はなく、右注射器に基づいてなされた捜索差押許可状の請求及び発付、右令状による被告人からの強制採尿は、すべて適法であって、被告人の尿に関する鑑定結果を記載した書面の証拠能力に欠ける点はないと判断しているけれども、右注射器は、警察官が保護の名のもとに被告人の身体を拘束する過程において発見されたものであって、これらの警察官の行為は一体をなしているとみるべきであり、被告人に対する身体の拘束が違法であることが明らかである以上、その過程における注射器の発見手続も又違法であることは論を待たず、この発見を端緒としてなされた以後の捜査も違法となり、その捜査段階で得られた証拠は、憲法三一条、三三条に違反する違法収集証拠である、従って右鑑定の結果を記載した和歌山県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員野上靖生作成の鑑定書には証拠能力がなく、これを証拠として原判示第五の一の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、考察するのに、本件記録及び当審における事実取調の結果によれば、被告人が同月二七日C子とともに右ホテル「ジュネス」の客室に投宿中、無銭宿泊の嫌疑があるとして同ホテル従業員から警察になされた通報に基づき、和歌山東警察署和歌山駅前派出所勤務の谷口巡査部長、的場克郎巡査及び原野和弘巡査が右客室に赴き、被告人とC子の両名を右警察署に連行し、右両名から採尿(被告人は強制採尿、C子は任意提出)するまでの経緯は、原判示注射器発見の経過を除き、原判決が(主な争点についての判断)の一ないし四に認定記載しているとおりであると認められるが、右注射器発見の経過は以下のとおりであると認められる。すなわち、谷口巡査部長が、右客室において、被告人に対し所持金の有無など無銭飲食に関する職務質問をしているうちに、足にはいていた靴下の中に注射器を隠し入れ、その上からいわゆるトレーニングウエア様のズボンをはいていた被告人が、右靴下内に隠している注射器を処分すべく急に腹痛を訴えて同室内の便所に向おうとしたので、同巡査部長が職務質問を続行するため、被告人の手を掴むなどして引き戻すと、被告人がなおも便所に行かせてくれと言いながら、同巡査部長の手を振り離そうとしてもがいたため、同巡査部長の指示により、的場及び原野の両巡査が被告人を床の上に押さえつけ、さらに同室内のベッドの上にあげて押さえ込んだ過程で右注射器が発見されたが、被告人がなおも同巡査らの行為に抵抗して暴れながら床面や壁に頭部等を打ちつけたことから、右警察官らにおいて、被告人が精神錯乱者で自傷、他傷の行為に及ぶおそれがあるとして、警察官職務執行法三条による保護の名目でその場で被告人に手錠をかけ前記警察署に連行したことが認められる。そして、記録及び当審における事実取調の結果によれば、右注射器については、被告人を同警察署に連行した後、同所で被告人の任意提出により原野巡査がこれを領置した手続がとられた旨の書面が作成されているけれども、実質的には、右ホテル客室において、右警察官らによってすでにその占有が取得されていた疑いが濃いといわなければならない。そうしてみると、右警察官らによる被告人の身体の拘束が同法による保護の名のもとになされた事実上の逮捕であって違法である(この点に関する原判決の判断は正当である。)のみならず、右注射器も又右身体の拘束過程で違法に差し押えられた疑いがあり、違法収集証拠として証拠能力を有しないものといわざるを得ない。

しかしながら、記録及び当審における事実取調の結果によれば、被告人は、同日前記の如く警察官職務執行法三条の精神錯乱者として和歌山東警察署に同行保護されたが、間もなく保護の解除がなされ、同日午後四時三一分同署において、すでに同月二五日恐喝被疑事実について和歌山簡易裁判所裁判官によって発せられていた逮捕状により逮捕され、同月二九日同裁判所裁判官の発した勾留状によって勾留されたこと、一方、右注射器の存在に加え、被告人とホテル「ジュネス」に宿泊していて被告人とほぼ同時に右客室から右警察署に任意同行されたC子が、その当日(同月二七日)中に任意提出した尿を鑑定した結果、同月二八日にはその尿中からの覚せい剤成分の検出が判明するとともに、同女の供述から同女が被告人とともに右客室で覚せい剤を使用した事実が明らかにされ、かつ被告人に覚せい剤使用罪の前科があり、その腕の注射痕、顔色その他の身体的特徴が覚せい剤使用の徴憑を示していた点などの諸事実を併せ考え、被告人に覚せい剤使用の嫌疑があると判断した警察官は、被告人に対して尿の任意提出をたびたび促したが、被告人がこれに応じなかったので、同月二九日同裁判所裁判官に被告人の尿の捜索差押許可状の請求をし、その発付を受け、これに基づき同日被告人の尿を差し押えたこと、右捜索差押許可状の請求の際、裁判官に提出された資料は、右注射器の領置関係書類である司法巡査原野和弘作成の「証拠品の領置について」と題する書面、被告人作成の任意提出書及び同巡査作成の領置調書(以上いずれも同月二七日付、なお、注射器そのものは提出されていない。)のほか、(1)司法警察員巡査部長間博文作成の「強制採尿の必要性について」と題する書面(同月二九日付)、(2)司法警察員警部補小田實作成の「犯罪事実の特定について」と題する書面(同月二八日付)、(3)司法巡査小池亀太郎作成の写真撮影報告書(同月二八日付)、(4)C子の尿の領置関係書類(同月二七日付)、(5)同女の尿につき同月二八日になされた鑑定の結果を記載した書面、(6)被告人に対する前記恐喝被疑事件の一件記録(被告人の覚せい剤取締法違反罪に関する二件の前科を証する書面を含む。)等であり、右(1)ないし(6)の書面だけによっても、被告人の覚せい剤使用の嫌疑を裏付ける前記諸事実(注射器の存在の事実を除く。)が疎明されていたこと、右尿について和歌山県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員野上靖生により鑑定がなされ、同年七月二日付で覚せい剤成分が含有されている旨の前記鑑定書が作成されたことが認められる。右認定事実によると、右捜索差押許可状の請求の際裁判官に提出されその発付の資料とされたものには、前記注射器に関するものだけではなく、前記のような被告人の身体的特徴、C子の尿に関する鑑定結果、同女の供述等右注射器と直接の関係なく収集された諸資料が含まれており、右注射器に関するものを除くその余の資料のみで右捜索差押許可状の請求発付のための疎明資料として十分であることが明らかである。そうしてみると、右注射器の発見取得手続の違法は、右捜索差押許可状の請求発付手続の適否に影響を及ぼすものではなく、右手続には他になんらの瑕疵もないことが明らかであるから、これを適法と認めた原判決の判断は正当であり、右許可状に基づいて差し押えられた被告人の尿に関する所論指摘の鑑定書の証拠能力に疑問を容れる余地はなく、これを罪証に供した原判決に所論のいう法令違反はない。論旨は理由がない。

第三、控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、量刑不当を主張するので、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて考察するのに、本件は、暴力団山口組系一会内小山組傘下G組の幹部組員であり、覚せい剤使用の罪のほか傷害等いわゆる暴力事犯の前科多数を有する被告人が、昭和五九年三月一五日の懲役刑の執行終了後約二か月にして、原判示第一の恐喝罪を犯し、同罪によって入手した普通乗用自動車を無免許で運転(原判示第二の事実)し、その際信号を無視して運転した過失によって交通事故を惹起して何ら過失のないFに傷害を負わせたうえ、救護措置及び報告義務を履行しないで逃走し(原判示第三、四の事実)、更に自己及びC子に覚せい剤を注射して使用した(原判示第五の事実)ものであって、その犯行の動機、罪質及び態様、被告人の性格及び経歴等に照らすと、被告人の刑責は重いと言わなければならない。そうすると、記録上認められる被告人のために考量し得る諸点を十分斟酌しても、原判決の刑(懲役二年四月)が不当に重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

なお、原審第三回公判調書中裁判官渡邊憲介と記載されているのは、裁判官米田俊昭の誤記と認める。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審の訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 鈴木清子 小熊桂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例